上司・同僚に殴られてケガをしたので労災の申請をしたい。
事故ではなくて事件だから労災にならないと言われた。

この記事は、このようなことでお困りの方のために書きました。

弁護士 山形祐生(やまがたゆうき)
静岡県弁護士会所属(44537)
静岡県が運営する交通事故相談所の顧問弁護士(静岡県知事の委嘱による)。
労災事故、交通事故など、損害賠償請求事件を得意とする。
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暴行事件によってケガをした場合も労災になるのか?

労災保険は、業務上の傷病等を保険事故としていますので、上司や同僚のミスによってケガをさせられたケースとは異なり、暴行という意図的な行為によって、ケガをした場合には、「業務起因性」、つまり、ケガと仕事との関係性が否定されて労災と認定されない可能性もあります。

通達の解説

平成21年7月23日基発第723012号「他人の故意に基づく暴行による負傷の取扱いについて」という通達には、以下のとおり、記載されています。

業務に従事している場合又は通勤途上である場合において被った負傷であって、他人の故意に基づく暴行によるものについては、当該故意が私的怨恨に基づくもの、自招行為によるものその他明らかに業務に起因しないものを除き、業務に起因する又は通勤によるものと推定することとする。

つまり、「私的怨恨に基づくもの、自招行為によるもの」など明らかに業務と関係ない場合以外は、業務起因性が認められるとの扱いになっています。

しかし、実際には、「私的怨恨に基づくもの、自招行為によるもの」として業務起因性が否定されるケースも多くあります。

裁判例の解説

新潟地裁・平成15年7月25日判決(業務起因性を肯定)

原告は、A会社に勤務しており、新潟市内の民間駐車場舗装工事現場で作業中に、A会社の従業員であったBから暴行を受けて負傷しました。

原告がBに対して、仕事上の指示をしたところ、Bが反抗的な態度をとったため、原告が挑発的な発言をして、それに憤慨したBが原告に対して暴行を加えたというものです。

原告はこれが業務上の災害によるものとして、労働基準監督署に対し、労働者災害補償保険法による休業補償給付を請求しましたが、労基署は休業補償給付を支給しないとする処分をしました。
そのため、原告は労基署の処分を不服として、処分の取消を求めた事案です。

裁判所は、労働さんが同僚等から暴行を受けて負傷したケースにおいて、どのような場合に業務起因性が認められるかという点について以下のとおり、基準を挙げました。

労働者(被災者)が業務遂行中に同僚あるいは部下からの暴行という災害により負傷した場合には、当該暴行が職場での業務遂行中に生じたものである限り、当該暴行は労働者(被災者)の業務に内在または随伴する危険が現実化したものと評価できるのが通常であるから、当該暴行が、労働者(被災者)との私的怨恨または労働者(被災者)による職務上の限度を超えた挑発的行為若しくは侮辱的行為等によって生じたものであるなど、もはや労働者(被災者)の業務とは関連しない事由によって発生したものであると認められる場合を除いては、当該暴行は業務に内在または随伴する危険が現実化したものであるとして、業務起因性を認めるのが相当である。
 そして、その判断にあたっては、暴行が発生した経緯、労働者(被災者)と加害者との間の私的怨恨の有無、労働者(被災者)の職務の内容や性質(他人の反発や恨みを買い易いものであるか否か。)、暴行の原因となった業務上の事実と暴行との時間的、場所的関係などが考慮されるべきである。

そのうえで、本件では、以下のとおり、原告の同僚に対する「仕事上の指示、注意という業務に関連して、その業務に内在または随伴する危険が現実化して発生したものと認めるのが相当である。」として業務起因性を認めました。

 本件暴行は、原告の仕事上の指示、注意という業務に関連して、その業務に内在または随伴する危険が現実化して発生したものというべきである。すなわち、本件暴行は、前記のとおり、原告のBら3名に対する業務上の指示、注意に端を発しているが、原告がBら3名に対して指示を出し、監督をすることは原告の職務であり、しかも本件事故当日に原告がBら3名に対して指示した砕石の敷きならしの作業は、Eの指示と異なっていたとしても、作業の都合上からみて業務と関係がないとはいえないこと、原告がBに仕事の指示や注意をする際に、前記のとおりのBを誹謗するかのような侮辱的意味合いを含んだ発言をしたとしても、それは、仕事上の指示や注意をする際に、それと関連して不用意に出た言葉であって、ことさらにBを挑発したり侮辱したりする意図で発せられたものではなく、むしろ、Bが原告の指示に反抗的な態度をとったことに対する戒めの意味も込められた発言であると認められること、しかも、上記発言の後、原告が砕石の敷きならし作業に戻った直後に、本件暴行が行われており、本件一連の行動は時間的、場所的に極めて近接したところで行われていることなどの状況からすると、本件暴行は、原告の業務とは関係がない原告とBとの私的怨恨または原告の職務上の限度を超えた挑発的行為若しくは侮辱的行為、あるいは原告とBの喧嘩闘争によって生じたものと認めることはできず、むしろ、原告の仕事上の指示、注意という業務に関連して、その業務に内在または随伴する危険が現実化して発生したものと認めるのが相当である。

事の発端となった原告のBに対する発言については「仕事上の指示や注意をする際に、それと関連して不用意に出た言葉であって、ことさらにBを挑発したり侮辱したりする意図で発せられたものではなく、むしろ、Bが原告の指示に反抗的な態度をとったことに対する戒めの意味も込められた発言であると認められる」と認定している点や本件一連の出来事の時間的、場所的近接性を認定している点が参考となります。

名古屋地裁・令和4年2月7日判決(業務起因性を肯定)

原告はホテルの従業員です。原告と加害者Cは調理場で働いていました。原告がCに対して料理の盛り付けを指示したところCが「やったことないんで、分かんないっす」と答えたため、原告が「前教えましたよね」「昨日も盛り付けしてましたよね」と言いかけたところ、Cが原告に暴行を加えて、原告は負傷しました。

原告は労基署に労災保険給付を請求しましたが不支給となったため、その処分の取消しを求めて裁判をしました。

裁判所は、各当事者の供述の信用性を詳細に検討し、本件事件に至った経緯について認定しました。
そのうえで、以下のとおり述べて、業務起因性を認めました。

 以上によれば、原告は、業務遂行中におけるCの故意に基づく暴行により本件各傷害を負うに至っている。そして、本件各傷害は、業務に起因するものと推定されるところ、本件事件がCの原告に対する私的怨恨であり、あるいは原告の自招行為であるとは認められないから、上記推定が覆されることはなく、原告の業務に内在又は随伴する危険が現実化したものと評価され、業務に起因するものというべきである。

裁判所は加害者の供述については信用できないとして、原告の自招行為(挑発的な行為)が本件の原因とは認められないとの認定をしている点が参考になります。
なお、業務起因性の認定においては、本件のように労災事故発生の経緯について争いになることが多いので、証拠となりうるようなものは保全しておく必要があるといえます。

まとめ

令和6年10月現在、職場における業務起因性について、判断基準を示した最高裁判例はありませんが、現在の実務では、先に紹介した新潟地裁・平成15年7月25日判決で挙げられた具体的基準を事例ごとにあてはめて判断される傾向にありますので参考にしてみてください。

弁護士 山形祐生(やまがたゆうき)
静岡県弁護士会所属(44537)
静岡県が運営する交通事故相談所の顧問弁護士(静岡県知事の委嘱による)。
労災事故、交通事故など、損害賠償請求事件を得意とする。
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