帰宅途中の寄り道中に交通事故に遭った。
どんな場合に労災として認められるの?
裁判例について知りたい。

この記事はこのようなことでお困りの方のために書きました。

弁護士 山形祐生(やまがたゆうき)
静岡県弁護士会所属(44537)
静岡県が運営する交通事故相談所の顧問弁護士(静岡県知事の委嘱による)。
労災事故、交通事故など、損害賠償請求事件を得意とする。
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基本的な考え方

通勤中の寄り道に関して、労働者災害補償保険法では、以下のように定められています。

第七条 この法律による保険給付は、次に掲げる保険給付とする。
(一号及び二号省略)
三 労働者の通勤による負傷、疾病、障害又は死亡(以下「通勤災害」という。)に関する保険給付
(四号省略)
② 前項第三号の通勤とは、労働者が、就業に関し、次に掲げる移動を、合理的な経路及び方法により行うことをいい、業務の性質を有するものを除くものとする。
一 住居と就業の場所との間の往復
二 厚生労働省令で定める就業の場所から他の就業の場所への移動
三 第一号に掲げる往復に先行し、又は後続する住居間の移動(厚生労働省令で定める要件に該当するものに限る。)
③ 労働者が、前項各号に掲げる移動の経路を逸脱し、又は同項各号に掲げる移動を中断した場合においては、当該逸脱又は中断の間及びその後の同項各号に掲げる移動は、第一項第三号の通勤としない。ただし、当該逸脱又は中断が、日常生活上必要な行為であつて厚生労働省令で定めるものをやむを得ない事由により行うための最小限度のものである場合は、当該逸脱又は中断の間を除き、この限りでない。

つまり、通勤中に合理的な経路を逸脱したり、移動を中断した場合、逸脱または中断の間及びその後の移動は原則として「通勤」とは認められません。

「逸脱」とは、通勤とは無関係な目的で経路を外れることを指し、「中断」とは、経路上で通勤とは無関係な行為を開始することを意味します。

ただし、逸脱や中断がやむを得ない理由で、日常生活上必要な一定の行為を行うための最小限度のものである場合には、逸脱や中断から元の経路に復帰した時点から「通勤」として認められます(労災保険法第7条第3項ただし書)。
この日常生活上必要な行為には、日用品の購入、職業訓練、病院への通院、親族の介護などが含まれます(労災保険則第8条)。

例えば、会社の帰りに近くの病院に寄った場合、本来の帰宅経路から外れた時点で、通勤を中断または通勤経路を逸脱したと評価されます。
したがって、中断または逸脱して病院に向かっている最中に事故に遭った場合には通勤災害とはなりませんが、病院での用を済ませて、本来の通勤経路に復帰した後に事故に遭った場合には通勤災害となります。

一方、仕事帰りに同僚と飲み行ったような場合には、その後に元の経路に復帰したとしても、通勤として扱われません。

裁判例の解説

では、寄り道をしている最中の事故が通勤災害にあたるか問題となった裁判例を見ていきましょう。

大阪地裁・平成20年4月30日判決(通勤災害を否定)

病院の院長として勤務していたAさんは、仕事終わりに職員と割烹料理店で食事をして、その後、職場である病院に戻り、車で帰宅中に事故死したという事案です。

Aさんの遺族が労災の申請をしましたが、労基署が不支給としたため、その取消を求めて裁判を起こしました。

まず、裁判所は、食事会の内容(任意参加だったこと、参加者が会費負担をしていたことなど)から、食事会が業務として行われたものではないことを認定しました。

そのうえで、Aさんが食事会の後に病院に戻ってから帰宅していることについて、以下のとおり述べて、通勤災害には当たらないと判断しました。

5 本件帰宅行為の就業関連性の有無
 (1)労災保険法7条2項所定の「就業に関し」とは,住居と就業場所との往復行為が通勤と認められるためには,この往復行為が就業と関連するものであること(就業関連性)を要する趣旨のものと解される。
 そして,就業関連性の有無は,業務終了後,就業場所から住居に向かうまでの間に業務性を欠く行為が介在した場合においては,介在した業務性を欠く行為の内容・継続時間,この行為をするために就業場所から移動した場合はその移動に要した時間・距離,この行為に対する使用者の関与の程度等の事情を総合的に考慮して判断するのが相当である。
 (2)これを本件についてみると,前提事実及び前記1の認定事実によれば,Aが,本件食事会の当日,午後6時過ぎに業務を終えた後,自動車で10数分程度かけて本件食事会の場所である割烹店に移動し,午後6時30分ころから午後9時ころまで本件食事会に参加し,その後,自動車で本件病院に戻り,業務に就くことなく,帰宅の途についたことが認められる・・・。
 また,本件食事会が業務性が認められないものであり,Aが院長の業務を遂行するために本件食事会に参加したとは認められないこと,本件食事会が本件病院の業務運営に関して行われたものではなかったことは,前記3,4のとおりである。
 これらによれば,本件帰宅行為は,業務終了後,3時間を超える時間を経過した後に開始されたことになる。
(3)以上によれば,本件帰宅行為は,業務終了後に本件食事会への参加及びこれに伴う場所の移動が介在したことにより,就業関連性が失われたとして,「就業に関し」の要件を満たさないものとするのが相当である。
6 本件帰宅行為が逸脱後の通勤に当たるか否かについて
 Aが業務終了後に就業場所を離れて本件食事会に参加した行為が,通勤途上のものであったとすれば,上記行為は通勤の合理的経路を逸脱したものと考えられる。
 しかし,前記1ないし5の認定判断によれば,上記行為は,労災保険法7条3項所定の「日常生活に必要な行為」に当たるとは認められず,同項所定の「厚生労働省令で定めるもの(① 日用品の購入その他これに準ずる行為,② 職業訓練、学校教育法1条に規定する学校において行われる教育その他これらに準ずる教育訓練であって職業能力の開発向上に資するものを受ける行為,③ 選挙権の行使その他これに準ずる行為,④ 病院又は診療所において診察又は治療を受けることその他これに準ずる行為)をやむを得ない事由により最小限度の範囲で行うもの」に当たるとも認められない。
 したがって,本件帰宅行為は,合理的経路から逸脱した後に通勤に復したものであったとは認められない。
7 まとめ
 以上のとおり,本件帰宅行為は,就業に関するものであったとは認められず,合理的経路から逸脱した後に通勤に復したものであったとも認められない。
 そうすると,本件帰宅行為は,その余の点を検討するまでもなく,労災保険法7条1項2号の通勤に当たるとは認められない。
 したがって,Aが本件事故後に死亡したことが,通勤によるものであったとは認められない。

本件では、Aが業務終了後に食事会に参加し、その後、病院に寄ってから帰宅したことが問題となりましたが、先に述べたとおり、食事会は業務性が認められず、そして、業務終了後3時間以上経過してから帰宅行為が開始されたため、この帰宅行為は就業関連性を失ったと判断されました。

さらに、食事会への参加は「日常生活に必要な行為」には当たらないことから、合理的経路から逸脱した後に通勤に復したとは認められず、通勤災害には該当しないと結論付けられました。

仙台地裁・平成9年2月25日判決(通勤災害を肯定)

次に紹介する裁判例では、通勤災害として認められています。

Aさんは飲食店で行われた、会社の管理者としての経営知識の修得等を目的とする管理者会と呼ばれる会合に出席した後、自転車で帰宅する途中、転倒して死亡したという事案です。

Aさんの遺族が労災の申請をしましたが、通勤災害にあたらないと決定をしたため、その取消を求めて裁判を起こしました。

本件ではAさんが、管理者会に参加した帰路に事故に遭ったため、主として、「就業に関し」の要件が問題となり、管理者会の業務性が争われるとともに、管理者会が途中からアルコールを含む飲食物等の提供された懇親会に移行していることから、この懇親会との関係でも「就業に関し」の要件を満たしているかが問題となりました。

裁判所は以下のとおり述べて、通勤災害に当たると判断しました。

 仮に右懇親会への参加行為自体が業務に該当しないとしても、飲食店「一力」が「就業の場所」、すなわち、業務を終了した場所であることに変わりはないのであるから、そこからの帰宅行為が「就業に関し」てのものであるといえる場合、すなわち、右懇親会への参加によって業務と帰宅行為との関連性が失われていない場合には、右帰宅の途中における本件事故は、労災保険法上の「通勤災害」に該当すると解されるところ、右一3認定の各事実、特に、懇親会移行後も主として日常の業務に関することか話し合われたこと、右懇親会の時間が約五五分間にすぎないこと、右懇親五で出された飲食物は、簡単な料理とアルコールか少量にすぎないこと、、右懇親会の費用か一人当たり二〇〇〇円にすぎないこと等を考慮すれば、右懇親会移行前の業務と右懇親会終了後の帰宅行為との間の関連性は失われていなかったと解すべきである。
 したがって、本件会合からの帰宅は、「就業の場所」からの「就業に関し」てのものであったというべきである。

この裁判所の判断について、「本判決が認定した管理者会の特徴としては、①会社の業務に関する活動を行っていた、②勤務及び会議等で出席できない場合には報告することとされていた、③勤務評定するに当たっては管理者会の活動も評価の対象とされていた、④管理者会は日勤時間内に行われることもあった、⑤管理者会が時間外に開催された場合も超過勤務命令は出されず、超過勤務手当等も支給されていなかった、⑥管理者会が勤務時間中に開かれた場合には、本来の業務に就いての勤務は事実上免除されていた、ことが挙げられ、これらの事情を総合判断して、本判決は、管理者会の業務性を肯定したものと思われる。」との解説がなされています(判例タイムズ953号169頁)

札幌高裁・平成元年5月8日判決(通勤災害を否定)

本件は、Aさんが徒歩で帰宅途中、交差点から、自宅とは反対方向へ約140mのところにある商店で夕食の材料等を購入するために歩いていたところ、交差点から約40mのところで車に追突され、死亡してしまったという事案です。

労災と一審の裁判所は、通勤災害には当たらないと判断したことから、高裁で争われました。

しかし、高裁も以下のように述べて通勤災害を否定しました。

 Aは、就業の場所である農業センターから徒歩による退勤途中に、夕食の材料等を購入する目的で、前記交差点で左折し、自宅と反対方向にある商店に向かって四十数メートル歩行した際に、本件災害に遭遇したことが明らかにされている。Aが就業場所と住居との間の通常の経路をそれたことは否定することができないし、また、その目的も、食事の材料等の購入にあって、住居と就業の場所との間の往復に通常伴いうる些細な行為の域を出ており、通勤と無関係なものであるというほかない。そうすると、本件災害は、同条三項所定の往復の経路を逸脱した間に生じたものと認めざるをえない。
 そして、本件における経路の逸脱はAの日常生活上の必要に基づくことが窺われないではないが、同条三項の文理上、労働者が往復の経路を逸脱した間は、たとえその逸脱が日常生活上必要な行為をやむをえない事由により行うための最小限度のものであっても、同条一項二号の通勤に該当しないことが明らかである。したがって、本件災害は、労働者災害補償保険法七条一項二号所定の通勤災害に該当しないというべきである。

本件では、自宅とは反対の方向に向かっている最中の事故であったため、通勤経路からの「逸脱」と判断され、その逸脱中の事故であるため、通勤災害にはあたらないという厳しい判断がされました。

確かに形式的には、そのとおりなのですが、労災保険給付制度の目的は、通勤中に起こった災害に対して生活を保障することにあります。
そうであれば、労働者が避けられない必要な行動や、社会的に見て当然とされる行動も「通勤」に含めるという考え方もあり得ますので、この裁判所の判断は形式的すぎるように思います。

弁護士 山形祐生(やまがたゆうき)
静岡県弁護士会所属(44537)
静岡県が運営する交通事故相談所の顧問弁護士(静岡県知事の委嘱による)。
労災事故、交通事故など、損害賠償請求事件を得意とする。
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