過労死の場合にどのような条件で労災が認定されるのか知りたい。
令和3年に改正があった認定基準のポイントを知りたい。
過労死の認定に関する裁判例を知りたい。
この記事はこのような方のために書きました。
弁護士 山形祐生(やまがたゆうき)
静岡県弁護士会所属(44537)
静岡県が運営する交通事故相談所の顧問弁護士(静岡県知事の委嘱による)。
労災事故、交通事故など、損害賠償請求事件を得意とする。
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過労死とは
過労死とは、長時間労働等の業務上の原因によって「脳出血、 くも膜下出血、脳梗塞、高血圧性脳症、心筋梗塞、狭心症、心停止(心臓性突然死を含みます。)もしくは解離性大動脈瘤又はこれらの疾病に付随する疾病」を発症して、亡くなってしまうことをいいます。
過労死の認定基準の改正
過労死に関する認定基準については、これまでは、「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」という通達がありましたが、令和3年に改正されました。
改定の主なポイントは以下のとおりです。
・業務の過重性の評価にあたり、労働時間と労働時間以外の負荷要因を総合評価して労災認定することを明確化
・長期間の加重業務、短期間の加重業務の労働時間以外の負荷要因を見直し
・短期間の加重業務、異常な出来事の業務と発症との関連性が強いと判断できる場合を明確化
・対象疾病に「重篤な心不全」を新たに追加
特に重要なポイントは、労働時間と労働時間以外の負荷要因を総合評価して労災認定することを明確化したという点です。
つまり、労働時間が従前の基準(発症前1カ月間におおむね100時間又は発症前2ヵ月間ないし6カ月間にわたって、 1ヵ月当たりおおむね80時間を超える時間外労働)に満たない場合であっても、これに近い時間外労働が認められる場合には、特に他の負荷要因の状況を十分に考慮し、そのような時間外労働に加えて一定の労働時間以外の負荷が認められるときには、業務と発症との関連性が強いと評価できることを踏まえて判断するとされました。
そのため、今後は、労働時間が上記基準に満たない場合であっても、その他の負荷要因についても主張・証明することによって、労災として認定される可能性が増えたといえます。
改正を踏まえた認定基準
改正された新認定基準は、「血管病変等を著しく増悪させる業務による脳血管疾患及び虚血性心疾患等の 認定基準について」(令和3年9月14日基発0914第1号)に記載されていますが、ポイントをまとめると以下のとおりとなります。
対象となる疾病
脳血管疾患:脳内出血(脳出血)、くも膜下出血、脳梗塞、高血圧性脳症
虚血性心疾患等:心筋梗塞、狭心症、心停止(心臓性突然死を含む)、重篤な心不全、大動脈解離
認定要件
労災認定のためには、以下のいずれかの業務による明らかな過重負荷が認められる必要があります:
長期間の過重業務:発症前の長期間にわたって、著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に従事した場合。
短期間の過重業務:発症に近接した時期に、特に過重な業務に従事した場合。
異常な出来事:発症直前から前日までの間に、異常な出来事に遭遇した場合。
認定要件の具体的判断
疾患名及び発症時期の特定
認定要件の判断に当たっては、まず疾患名を特定し、対象疾病に該当することを確認します。また、脳・心臓疾患の発症時期は、業務と発症との関連性を検討する際の起点となります。通常、脳・心臓疾患は発症の直後に症状が出現するため、臨床所見や症状の経過から症状が出現した日を発症日とします。前駆症状が認められる場合は、その日を発症日とすることもあります。
長期間の過重業務
疲労の蓄積の考え方
恒常的な長時間労働等の負荷が長期間にわたって作用すると、「疲労の蓄積」が生じ、これが血管病変等を著しく増悪させることがあります。発症前の一定期間の就労実態を考察し、発症時の疲労の蓄積の程度を判断します
特に過重な業務
特に過重な業務とは、日常業務に比較して特に過重な身体的、精神的負荷を生じさせた業務を指します。日常業務とは、通常の所定労働時間内の所定業務内容を指します。
評価期間
発症前の長期間とは、発症前おおむね6か月間を指します。発症前6か月より前の業務についても、疲労の蓄積に係る業務の過重性を評価する際に考慮されます。
過重負荷の有無の判断
業務量、業務内容、作業環境等を考慮し、同種労働者にとっても特に過重な身体的、精神的負荷と認められる業務であるかを判断します。長期間の過重業務と発症との関係について、発症に近接した時期の業務による急性の負荷も考慮します。疲労の蓄積の観点から、以下の負荷要因を検討します。
労働時間
労働時間が長いほど業務の過重性が増すため、発症前1か月間ないし6か月間の時間外労働時間を評価します。労働時間以外の負荷要因も総合的に評価し、業務と発症との関連性を判断します。
勤務時間の不規則性
拘束時間の長い勤務、休日のない連続勤務、勤務間インターバルが短い勤務、不規則な勤務・交替制勤務・深夜勤務などを評価します。
事業場外における移動を伴う業務
出張の多い業務やその他事業場外における移動を伴う業務について、頻度や移動時間、宿泊の有無などを評価します。
心理的負荷を伴う業務
日常的に心理的負荷を伴う業務や具体的出来事について、負荷の程度を評価します。
身体的負荷を伴う業務
重量物の運搬作業や人力での掘削作業など、身体的負荷が大きい作業を評価します。
作業環境
温度環境や騒音など、作業環境の負荷を付加的に評価します。
短期間の過重業務
特に過重な業務
特に過重な業務の考え方は、長期間の過重業務と同様です。
評価期間
発症に近接した時期とは、発症前おおむね1週間を指します。発症前1か月間より短い期間のみに過重な業務が集中している場合には、その期間の業務の過重性を評価します。
過重負荷の有無の判断
業務量、業務内容、作業環境等を考慮し、特に過重な身体的、精神的負荷と認められる業務であるかを判断します。発症直前から前日までの間の業務が特に過重であるかを判断します。労働時間や労働時間以外の負荷要因を総合的に評価します。
異常な出来事
異常な出来事
異常な出来事とは、急激な血圧変動や血管収縮等を引き起こす出来事を指します。具体的には、極度の緊張、興奮、恐怖、驚愕等の強度の精神的負荷を引き起こす事態や、急激で著しい身体的負荷を強いられる事態などが含まれます。
評価期間
異常な出来事と発症との関連性については、通常、負荷を受けてから24時間以内に症状が出現するため、発症直前から前日までの間を評価期間とします。
過重負荷の有無の判断
異常な出来事と認められるか否かについては、出来事の異常性・突発性の程度、予測の困難性、事故や災害の場合の大きさ、被害・加害の程度、精神的負荷の程度、作業強度等の観点から、客観的かつ総合的に判断します。
その他
基礎疾患を有する者についての考え方
基礎疾患があっても、その病態が安定しており、業務による過重負荷によって著しく重篤な状態に至った場合には、業務と発症との関連が認められます。
対象疾病以外の疾病の取扱い
動脈の閉塞や解離、肺塞栓症なども、業務起因性が認められる場合には労災認定の対象となります。
複数業務要因災害
複数の事業に従事している労働者が脳・心臓疾患を発症した場合、異なる事業における労働時間や負荷要因を総合的に評価し、労災認定を行います。異常な出来事については、一の事業における業務災害として評価されます。
過労死の認定をめぐる裁判例
大阪高裁・令和2年10月1日判決
本件は、有限会社Bが経営するレストランで調理師として勤務していた故Aさんの配偶者である被控訴人が、故Aの劇症型心筋炎発症および死亡が有限会社Bにおける長時間労働に起因するものであるとして、遺族補償年金等の支給を申請したが、いずれも不支給とされたため、被控訴人がこれらの不支給処分の取消しを求めた事案です。
原審判決では、長時間労働と劇症型心筋炎発症との間に因果関係が認められるため、業務起因性があると判断し、本件各処分を違法として取り消しました。
しかし、控訴審判決では、以下のとおり、長時間労働と劇症型心筋炎発症との間に因果関係が認められないと判断し、被控訴人の請求を棄却しました。
亡Aにつき過重業務と本件疾病(劇症型心筋炎)の発症との間に因果関係があると認められるためには,過重業務によりウイルス感染をしたことが認められるだけでは足りず,端的に本件疾病である劇症型心筋炎の発症に至ったことについての因果関係が認められなければならないが,そもそも本件疾病(劇症型心筋炎)の発症については,その発症の機序はもとより,これを発症させる因子は医学的に不明であって,少なくとも過重業務によってウイルス性心筋炎を発症し劇症化するという経験則が存在することが認められるわけではない。
そうすると,亡Aが従事した過重業務が同人の免疫力の低下をもたらすものであったとしても,長時間労働が本件疾病の発症を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を認めることはできないから,長時間労働と本件疾病の発症との間に因果関係を認めることはできず,ひいては長時間労働と亡Aが死亡するに至ったことについて因果関係を認めることもできないというほかない。
原審判決では、故Aさんの劇症型心筋炎がウイルス性であると認定されました。
そして、故Aさんが会社での長時間労働により免疫力が低下し、その結果として劇症型心筋炎を発症したと判断されました。このため、原審では業務が原因であると認められ、遺族補償年金等の支給が認められるべきだとされました。
一方、控訴審判決では、故Aさんの劇症型心筋炎がウイルス性であることや、長時間労働の事実は認められましたが、長時間労働と心筋炎発症の因果関係については異なる判断がされました。
つまり、控訴審では、免疫力低下と心筋炎発症の関係を示す証拠が不十分であるとされました。
具体的には、血液検査の結果や故Aさんの日常生活の様子から、免疫力が低下していたとは認められないと判断されました。また、医学的文献に基づいても、過重労働がウイルス性心筋炎を劇症化させるという経験則は存在しないとされました。
そのため、控訴審では、長時間労働と劇症型心筋炎発症との間に因果関係は認められず、業務が原因であるとは認められませんでした。
最高裁平成12年7月17日判決
本件は、支店長付きの運転手として自動車運転業務に従事していたXさんが、早朝に支店長を迎えに行くため自動車を運転中にくも膜下出血を発症したことについて、この発症が業務上の疾病に該当するか否かが争われた事案です。
裁判所は以下のとおり述べて、労災であることを認定しました。
上告人の業務は、支店長の乗車する自動車の運転という業務の性質からして精神的緊張を伴うものであった上、支店長の業務の都合に合わせて行われる不規則なものであり、その時間は早朝から深夜に及ぶ場合があって拘束時間が極めて長く、また、上告人の業務の性質及び勤務態様に照らすと、待機時間の存在を考慮しても、その労働密度は決して低くはないというべきである。上告人は、遅くとも昭和五八年一月以降本件くも膜下出血の発症に至るまで相当長期間にわたり右のような業務に従事してきたのであり、とりわけ、右発症の約半年前の同年一二月以降は、一日平均の時間外労働時間が七時間を上回る非常に長いもので、一日平均の走行距離も長く、所定の休日が全部確保されていたとはいえ、右のような勤務の継続が上告人にとって精神的、身体的にかなりの負荷となり慢性的な疲労をもたらしたことは否定し難い。しかも、右発症の前月である同五九年四月は、一日平均の時間外労働時間が七時間を上回っていたことに加えて、一日平均の走行距離が同五八年一二月以降の各月の一日平均の走行距離の中で最高であり、上告人は、同五九年四月一三日から同月一四日にかけての宿泊を伴う長距離、長時間の運転により体調を崩したというのである。また、その後同月下旬から同年五月初旬にかけては断続的に六日間の休日があったとはいえ、同月一日以降右発症の前日までには、勤務の終了が午後一二時を過ぎた日が二日、走行距離が二六〇キロメートルを超えた日が二日あったことに加えて、特に右発症の前日から当日にかけての上告人の勤務は、前日の午前五時五〇分に出庫し、午後七時三〇分ころ車庫に帰った後、午後一一時ころまで掛かってオイル漏れの修理をして(右修理も上告人の業務とみるべきである。)午前一時ころ就寝し、わずか三時間三〇分程度の睡眠の後、午前四時三〇分ころ起床し、午前五時の少し前に当日の業務を開始したというものである。右前日から当日にかけての業務は、前日の走行距離が七六キロメートルと比較的短いことなどを考慮しても、それ自体上告人の従前の業務と比較して決して負担の軽いものであったとはいえず、それまでの長期間にわたる右のような過重な業務の継続と相まって、上告人にかなりの精神的、身体的負荷を与えたものとみるべきである。
・・・
以上説示した上告人の基礎疾患の内容、程度、上告人が本件くも膜下出血発症前に従事していた業務の内容、態様、遂行状況等に加えて、脳動脈りゅうの血管病変は慢性の高血圧症、動脈硬化により増悪するものと考えられており、慢性の疲労や過度のストレスの持続が慢性の高血圧症、動脈硬化の原因の一つとなり得るものであることを併せ考えれば、上告人の右基礎疾患が右発症当時その自然の経過によって一過性の血圧上昇があれば直ちに破裂を来す程度にまで増悪していたとみることは困難というべきであり、他に確たる増悪要因を見いだせない本件においては、上告人が右発症前に従事した業務による過重な精神的、身体的負荷が上告人の右基礎疾患をその自然の経過を超えて増悪させ、右発症に至ったものとみるのが相当であって、その間に相当因果関係の存在を肯定することができる。
上記のとおり、過労死事案では、被災者の稼働状況について、細かく認定されます。
そのため、例えば、タイムカードの記録、パソコンのログイン記録、LINEでの遣り取り(例えば帰宅の連絡など)などの客観的な証拠をどれだけ集められるかが重要となります。
この記事を書いた弁護士
弁護士 山形祐生(やまがたゆうき)
静岡県弁護士会所属(44537)
静岡県が運営する交通事故相談所の顧問弁護士(静岡県知事の委嘱による)。
労災事故、交通事故など、損害賠償請求事件を得意とする。
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